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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)7809号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【説明】

本訴の請求原因及びこれに対する抗弁の骨子は、次のとおりである。

(請求原因)

1 被告はゴルフ場の経営等を業とする会社である。

2 原告は、昭和四八年一月八日、被告との間に被告が建設を予定していたゴルフ場の松田カントリークラブに入会する契約をなし、その際被告に対し、会員資格保証金名下に金二〇〇万円を、五年間据置し、五年間経過後は原告の請求があれば直ちに返還する約定のもとに、交付して預託した。

3 原告は被告に対し、昭和五三年七月一五日到達の内容証明郵便をもつて、同月二二日までに右保証金を返還することを請求した。

よつて原告は被告に対し、右預託金の返還を求める。

(抗弁)

本件保証金の据置期間は、前記ゴルフ場開設時まで延長された。すなわち、

1 松田カントリークラブには、これを構成する会員と被告との関係を規律する同クラブ規則が存在し、原告は入会にあたりこれを承認した。同規則七条但書には、被告が入会者から預託を受けた保証金の据置期間について、「天災地変、その他の不可抗力の事態が発生した場合及び理事会の決議により、据置期間を延長することができる。」と規定されている。

2 松田カントリークラブ理事会は昭和五二年一〇月一三日、右保証金の据置期間を本件ゴルフ場開設時まで延長することを決議した。

【判旨】

一請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

二抗弁についての判断―その一

1 被告が入会した松田カントリークラブには同クラブ規則なるものが存在することは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、原告は被告との間に右クラブ入会契約を締結するにあたり、同クラブ規則の内容を知らされていたこと、同クラブ規則七条但書には会員の預託した保証金の据置期間につき、被告主張どおりの内容の規定の存することを認めることができ、これを左右するに足る証拠はない。

2 <証拠>によれば、松田カントリークラブ理事会は、昭和五二年一〇月一三日被告会社本店事務所において理事会を開催し、被告より「昭和四七年一一月の募集開始から五年を経過し、預託金を返還しなくてはならないが、返還資金がないので、ゴルフ場開設時までその返還を延期して欲しい。」旨の申入れがあつたのに応じ、会則七条但書に従つて、会員資格保証金の据置期間を被告が建設予定のゴルフ場開場まで延長する旨賛成多数で決議したことを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右に認定したところによれば、原告は被告に対し会員保証金名下に金員を預託し、被告経営の松田カントリークラブ入会契約を締結するにあたり、同クラブ規則を承認し、それによれば同クラブ理事会の決議により右保証金の据置期間を延長できるとあつたところ、その後開かれた理事会において、据置期間をゴルフ場開場まで延長する旨の決議がなされたというのである。

しかし、右クラブ理事会の決議が、その決議どおりの効力を有するものであるか否かについてはさらに検討することが必要である。

三抗弁についての判断―その二

まず、右クラブ規則の内容についてみると、<証拠>によれば、クラブ規則は、被告所有のゴルフ場や施設を会員に利用せしめることをクラブの目的に掲げ、会員資格は会員資格保証金を被告に預託することを要件とし、会員保証金の受託責任は被告にあること及びその据置期間について定めるなど、被告と会員との法律関係を直接規律する内容を有していること、それにもかかわらず、同規則の運営にあたるクラブ理事会は、被告会社代表取締役がその理事長を兼任し、理事長の指名により副理事長をおき、理事は被告が選任委嘱するものとされていることが認められ、<証拠>によれば、右規則に従つて、昭和四八年三月以来理事長には被告会社の代表取締役であつた矢生光繁が、理事には被告会社役員三名及び矢生の知人である関係から被告の委嘱を受けた会員三名が就任して理事会が開かれ、右の構成は前記昭和五二年一〇月の理事会の際も異なるところはなかつたことが認められ、右各認定を左右するに足る証拠はない。

右に認定したところによれば、右クラブ規則はクラブ理事会の権限の範囲に被告と会員間の基本的な権利関係について消長を及ぼす事項をも含めているのに、決議に会員の意思が反映される手段は講じられておらず、むしろ被告の意思のみによつて理事会の決議内容が左右されるしくみとなつているものということができる。

ところで、同クラブ規則七条但書は、「但し、天災地変、その他の不可抗力の事態が発生した場合及び理事会の決議により、据置期間を延長することができる。」とあつて、クラブ理事会の決議によるときには、据置期間延長の理由及びその内容には一見何らの制約も存在しないごとくである。しかし、右のような理事会の性格、会員資格保証金(預託金)返還請求権が会員資格―右資格は被告のゴルフ場施設を継続利用するための地位にほかならない。―の得喪に関する会員の基本的権利であること及び規則の文言上理事会の決議が不可抗力事由と併記されていることに鑑みれば、同規則七条但書に従つてクラブ理事会が決議をなし得る場合及び据置期間延長の程度には、右理事会の性格や預託金の性質からくる合理的な限界があり、それは同規則を承認してなされた会員と被告間の合意内容となつていると解するのが相当である。

四抗弁に対する判断―その三

次にクラブ理事会が昭和五二年一〇月一三日の前記決議をなすに至つた経緯をみると、<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

被告は昭和四七年一〇月本件ゴルフ場用地として、神奈川県足柄上郡山北町向原字高松の土地を所有者高松山開拓農業協同組合から買受けることとしたが、資金の都合上当時の被告代表者矢生光繁が個人で買受けて中間金を支払い、同人名義の仮登記手続を了した。次いで、被告は同年暮ころ松田カントリークラブの会員募集をゴルフ場開場予定を昭和五一年として実施し、三五八名と入会契約をなし、会員資格保証金として約八億円を預託させた。

しかし、その後被告は、本件ゴルフ場建設に必要な神奈川県の許可を容易に得ることができず、そのため矢生光繁から被告に対する仮登記の移転はなされたものの、右組合に対する残代金支払も、右仮登記の本登記手続もなされぬままとなつた。昭和五一年一〇月に至り被告はようやく神奈川県から高松山開発の内諾を得たが、間もなく、右組合から、被告のゴルフ場用地を当初計画より減らすよう区画変更の申入れがあり、以後この話し合いは難航し、昭和五四年には組合は被告に対し、被告が仮登記名義を有する山林の返還等を求める訴を東京地方裁判所に提起するに至つている。そして右訴訟の結着がつくまで、ゴルフ場建設についての神奈川県に対する審査申請はできない状況にある。また被告は預託金を土地代金のほか事務所建設、道路修理、従業員の給料等に既に費消し、これから支払うべき土地残代金四億二四〇〇万円及び他土地買収資金等を全く持ち合せず、これらの費用捻出のためには次回の会員募集に頼らざるをえない。右の各状況は、前記訴提起の事実を除き、昭和五二年一〇月当時から現在に至るまで大きく異なるところはない。

以上のように認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定によれば、本件クラブ理事会の決議のなされた昭和五二年一〇月当時には、当初の開場予定の昭和五一年は既に過ぎ、被告は組合との区画変更についての紛争の渦中に入つており、資金は最早費消し尽し、以後のゴルフ場建設の見通しは甚だ困難を極めていた状況にあつたといわざるをえず、他方、保証金の預託期間を延長することにより、被告としては当座の出捐を免れることはできても、それによりゴルフ場開設の展望が新たに開けるというような具体的・積極的な事情は存在しなかつたものということができる。

五抗弁に対する判断―その四

前記クラブ理事会の決議が右のような状況のもとでなされたというのであつてみれば、「会員資格保証金の据置期間を被告が建設予定のゴルフ場開場まで延長する。」という右決議は、入会契約の一方当事者である被告が、ゴルフ場を開場してこれを会員に利用させる見通しがたたない状況で、約定に従つて預託金を返還する能力がないということを理由に、相手方当事者の預託金返還請求権におよそ到来見込みのたたない不確定期限を付するというものであつて、それは、一応規則に従つた理事会の決議という形式をとつているが、その内容は、被告の一方的な都合をもつて、入会契約の相手方当事者である会員の基本的権利を侵害するものであり、これは、三項にみたクラブ理事会決議のもつ合理的制約を越えるものといわねばならない。もつとも、<証拠>によれば、被告は右決議直後クラブ理事会で預託金を議題としたこと、高松山開拓農業協同組合と畜産団地の位置、規模等について協議中であること及びゴルフ場の完成までの間相模野カントリークラブでプレイできるように代償措置をとつたので申込まれたい旨の通知を発したことを認めることができるが、また、右証拠によれば、これに応じて申込みをした者も未だ名義書換手続ができず、プレイを拒否されていることが認められ、右の通知や他クラブへのあつせんをもつて、前記据置期間延長に対する有効な代償措置がとられているとは到底いうことができない。

そうしてみれば、同クラブ理事会が前記のような理由に基づき右のような内容の決議をすることは、もともと同クラブ規則七条但書によつて与えられた権限の範囲を越えるものであつたといわねばならないから、前記理事会の決議があつたからといつてそれが原告を拘束するいわれはない。

よつて被告の抗弁は理由がないことに帰する。

(大石忠生 大渕武男 池本寿美子)

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